バラと雪

遠い晩秋の田舎の駅にバラは人知れずひっそりと咲いていた。バラは誰を待っていたのだろうか、そのバラに気づく者もないほどだった。しかし確かに誰かを待っていた。
「今日も来なかった、汽車はまた去っていった、私をふりかえるものはない、吹いてくるのは今日も冷たい風、ああ 私はこうしていつまで待っているのだろう」
確かにそのバラの花に注目するものはありませんでした。しかしバラはひっそりとつつましく美しく咲いていたのです。けして文句も愚痴も言うことはなかったのです。そして季節は晩秋から冬になっていました。
同じように人は乗り降りしても遠くから汽車がやってきてもやはりそのバラのもとに降り立ちそのバラに注目する人はなかったのです。そうしてやはりバラは遠い田舎の駅にひっそりとあまりにひっそりと息をひそめるように咲いていたのでした。
そして寒い日が続いたある日のこと天から雪がひっそりとふりそのバラの花につもったのです。
「ああ これはなに・・・・ああ 白い白い雪だわ・・・清らかな雪ね、私に触れたのはこの白い清らかな雪だけ、ああ 気持ちがいいわ、とても幸せ・・・・・・」
バラはこうささやいて雪の中に咲いていました。天からこのバラに贈られたのはこの白い雪ででした。このバラにふれたものほかにありません。そのバラはここに人知れず咲き氷の華のように水晶のように近寄りがたい静粛な美をたたえ咲いていました。それはまるで美しい心が結晶したように咲いていました。そのようにあまりにふれがたく美しいものでした。しかしそれに気づくものはなっかったのです。
「ああ あそこに美しい花が咲いているな、あの花は特に美しい、あの花は私がもらおう、人の汚れた手にはふれさせたくない、私の側に置いておこう」
こうしてこのバラは神の手元に取り去れて消えました。しかし誰もその花のことは咲いていた時も知らなかったのでその花の消えたことも知る人はなかったのです。そして神様は一人つぶやきました。
「人はこの世をかえるだとか、理想の社会を作るだとか、人をせきたて騒ぎ立て努力するものにろくな者はいない、彼らは実は自らの欲に働く呪われた者、サタンの手先、このもっとも美しい私が造り置いた花に目もくれない呪われた者、私はここにすでに人の手では作り得ない、最も美しいものをここに置いているのに目もくれない、人はこれをまず見出し賛美すべきなのだ、しかしいつの世もそうだった、このように花は無視されて咲いていたのだ、世の多くが求めるものはこの一輪の花にはあらずこの世の欲と栄華がすべてなのだ、それ故にこの世はサタンのものでありこの世に私は呪いをおいたのだ」
神様こうして深く嘆息しその一輪の氷のように結晶したバラを見つめていました。


神の御旨に逆らわず
神の御旨のままに咲き
神の御旨に従順に
そはその美すら意識になくば
おごり高ぶることもなく
神の御側につつましく
汚れなく咲きて仕えぬ