一本松の春

冬の日、北風がその一本松にふきつけ松はただ一本淋しく耐えて立っていました、その田舎の田んぼの中に一本の松はいつも淋しく立っていました、まれにしか通る人もいない田舎の道の辺に立っていました、風の日も雨の日も黙って立っていました、冬の夜、静かに田舎の家の灯がともっていました、一本の松はやはり黙って立っていました、その下に小さな祠があり誰かが供えたものがありました、時に雪がふり春はなかなかきませんでした、しかし今日は晴れてどこからかあま−いなんともいえぬ香りが流れてきました・・・・・・
「ああ この香りは・・・・・梅だ・・・・」
近くの梅林の梅の香がふくいくと尽きず流れてくるのでした・・・・
「ああ この香りは・・・・・」
梅の香りはその一本松を満たし尽きることなく流れてくるのでした。梅林の香りは大変こい梅の香りを流して尽きることがなかったのです。一本松は今春を迎えて喜びにその梅の香りに十分に満たされていたのです。
「こうして一見何もないような淋しい所でもいいことがあるもんだ」
一本松はそうそっとささやきました。あえて幸福を求めなくてもおそらく幸福は思いがけなくどこからかやってくるものです。天地は恵みに満ちているもので神様は人を幸福にしたいと思っているからなんです神様は人を不幸にしよしとはしていません、人は人を不幸にしますが神様はそんなことを望んでいないんですから・・・・・
そしてぽっかりと流れてきたのは春の雲でした

ぽっかりぽっかり春の雲
ふうわりふわり一本松の上にきた
ぽっかりぽっかり春の雲
ふうわりふわり一本松の上にきた


「雲さん、春ですね、どこへ行くんですか」
「わかりません、気ままな風まかせですよ」
「梅の香りが流れてきてとても気持ちいいです」
「そうですね、あんなに一杯咲いていますから」
こうして春の雲はまたどこかへふうほりふわり流れてゆきました。そして一本松はささやきました。
「こうして動かずに立っていても訪ねてくるものはあるしいいことはある」
そして夕ぐれ時、今度は鶯の鳴く声が聞こえました、
「ああ、鶯もないた、美しい声でないた」
その声は一本松にひびき一本松は聞き入るのでした。
「うう、ここで一句わしもつくらにゃな
聞き入りぬ夕鶯の音色かな
どうかな、まあまあかな、」
こうしてまた一本松は田舎の田んぼの中に立っているのでした。