ドイツの森の館
   
鏡の間の幽霊
 

 旅人はどうしてかドイツの黒い森の奥深く迷い込んでしまった。そしてどこまで歩いたのだろうか、そこには古いア−チの石の門があった。
「こんな森の奥になぜこんな立派な門があるのか」
旅人はいぶかしがったがその脇には門衛のように一人の兵士が像として立っていた。剣を持ちなんと兜は黄金に輝き鎧を身にまとって威儀を正していた。その眼差しは鋭くその旅人に向けられていた。そのロ−マ兵はドイツ語で話しかけてきた。旅人はドイツ語を多少知っていたらしく片言のドイツ語で答えた。「おい、お前はどこから来たものじゃ」
「ええ、私は・・・ヤ−パンですが・・・」
「ヤ−パンじゃと・・そんな国は聞いたことないぞ」
「そういわれまして、困ります、パスポ−トもちゃんと持っています」
「どれ見せてみろ」
こうして旅人はパスポ−トをさしだした。
「これがパスポ−トか、これはここでは通用せんな」
「そんなこと言われましても困ります、これしか自分を証明するものがありません」
「お前の顔はゲルマニアでもケルトの顔でもない、見たことない顔じゃ」
「ヤ−パンです」
「そのヤ−パンがわからんのじゃ」
「ところであなた様はどこのお方ですか」
「わしをわからんのか、ロ−マの兵士だ、見ればわかるじゃろ」
「やはり、ロ−マですか、とするとロ−マの時代、日本は・・・国はなく縄文時代かな・・・・これでは説明しようがないな・・・」
「おいおい、何をつぶやいておるのじゃ 得体の知れぬもの」
「ともかく私はヤ−パンから来たんです」
「そんなものは地図にもない」
「そう言われましても」
そのロ−マ兵は確かにその迷い込んだ旅人に対してそんな風に話かけたのですがまた石の像となりその門の脇に立って口を閉ざしてしまいました。そこで旅人はまたその古びた一部壊れた石の門をおそるおそる入ってゆきました。
すると大きな館が目の前に現れました。
「これは立派な館だ、こんなところにこんな立派な館があるとは」
そこの館の庭も多少荒れてはいましたが広々として散歩の道がありました。その古い壁にはびっしりと蔦の紅葉が真っ赤になりおおっていました。蔓は何百年もそこに張り付いたように伸びていました。おそるおそるその館に入ってゆくと長い木の廊下はきしみ不気味でした。そこにはいくつもの大きな部屋がありその突き当たりの木の扉をギ−と開くと広いホ−ルになっていてそこもがらんどうでした。そこには古びた大きな鏡がいくつもありました。その鏡の間になんとなく歩いて時を過ごしていると黒い森は深い霧におおわれていました。そして時々ゴ−ンガ−ンゴ−ガ−ンンと古びた教会の鐘は地の底からでもひびくように陰鬱にひびいてくるのでした。
「ここは一体何の部屋だったんだろう」
「ここは華やかなダンスパ−ティが日夜開かれた所だよ」
「ええ、誰ですか、その声は・・・」
「私だよ、私はここの主だよ・・・・・」
そこにいたのは皺くちゃの腰の曲がった白髪の老婆でした。
「あなたはもしかして魔女では・・・」
「はは、そうかもね、魔女の秤にもかけられたことあったな」
「やっぱり・・・」
「ハッハッハッ・・・・」
その旅人はその異様な姿にぞっとしましたがここではそんな人が出てきてもをかしくないそういう雰囲気に満ちていたのです。するとその鏡の間から笑い声や話声が聞こえてきました。
「さあ、もっと踊りましょう、踊りましょう」
「はい、あなたはまことに美しい、夏の日の薔薇のように美しい・・・お手をどうぞ・・・・」
華やかな踊りの輪はいくつもできて華麗な舞いは絵のように繰り広げられていました。それは確かに夢のような一時でした。
「さあ、踊りましょう、踊りましょう」
「はいはい、何度でも」
「今日は本当に楽しいですわ」
「バラが咲いた、バラが咲いた、真っ赤なバラが私の心に咲いた、真っ赤なバラが、バラが咲いた、バラが咲いた、散らないバラが・・・・・・・・
あなたの顔は夏の日の薔薇のように輝いています、まぶしいばかりです」
「その歌は聞いたことないわ、いい楽しい歌ね」
「まあ、歌にもいろいろありますよ,フランス辺りではやっている歌でしょう」
「そうね、あなたは外国通だからはやりの歌をすぐ覚えるわね」
こうしてこのホ−ルは若い男女で一杯になりその踊りはいつまでもやみそうにありませんでした。霧はさらに深く深く流れてその森と館をつつんでいました。やはりゴ−ンガ−ンゴ−ンガ−ンンと陰鬱に教会の鐘はどこからかひびいてくるのでした。ところが霧はじょじょにはれてきて光がさすようになりました。その時踊っている若い男女の顔はくもり不機嫌になっていました。そしてますます光が強くホ−ルにさしこみ気がつくと人っ子一人いなくなってもとのがらんどうの部屋に戻ってしまったのです。
「みんなどこに行ってしまったんだろう、あれは幻だったのか、変だ」
やがて晩秋の短い日はすっかり暮れていました。そのホ−ルの鏡には外の月が映っていました。その鏡にはよく見ると確かに女性の顔が映っていました。その女性は自分の顔を見てうっとりするように何度も見つめ入念に化粧していました。それは確かに肌の色は雪のように白く輝き美しい盛りの女性でした。
しかし突然その女性の顔は消えそこにいたのはやはりさきほどの白髪の老婆でした。
「あれ、確かに美しい女性が映っていたはずだが・・・」
「あれはもう消えたよ、館の主は私だ、このババだよ」
「ええ、では踊っていた若い男女は・・・」
「あれは深い霧の時に一時昔を偲びなつかしんで出てくる幽霊さ」
「じゃ、ここは幽霊屋敷・・・」
「まあ、そんなとこじゃわな」
旅人はこうして一日ここのちょっと汚く古くなったソファで寝ることになりました。そして夢で幽霊が嘆く声を何度も聞きました。
「ああ、美しく若い日は余りに短い、余りに短い・・・
 あっという間に醜いばあさんになってしまうだわ・・・
 ああ 二度と若い美しい日は帰ってこない、帰ってこない
 いくら金を払っても若い日は取り戻せない、たちまち白髪の老婆だ
 ああ もう一度美しい若い日にもどりたい、もどりたい・・・」
その声は地の底からうめくように悲しくわびしくせつなく聞こえてくるのでした。教会の鐘はやはり時々ゴ−ンガ−ンゴ−ンガ−ンンとひびいてくるのでした。

  森の館の庭   

ゴ−ンガ−ンゴ−ンガ−ンンまた教会の陰鬱な鐘の音で旅人は汚れたソファから目覚めました。そしてきしむ長い廊下を歩み外の広い庭に出ました。そこに咲いていたのは赤い薔薇の花でした。枯れた古木や柳やちょっとした小径もある庭でした。晩秋で木の葉そこらじゅうに散っていました。今も一枚一枚はらはらと木の葉散り庭に積もってゆきます。その中に赤い薔薇は咲いているのでした。それはなんとういか真夏に咲く赤いバラとは違いちょうど古びた赤い絨毯のような赤でそれがなんとも心にしみる赤だったのです。何かににじむような赤だったのです。わびしい赤というか光の中に輝く赤い薔薇とは違っていました。

荒れたる庭に名残りと咲く赤い薔薇
館の主はなしになお咲きて赤き薔薇
はらはらと一枚一枚木の葉散りつもる庭に
昔を偲びて咲くやその赤い薔薇
教会の古い鐘の今日も陰鬱に鳴りひびく


この荒れた庭の壁にはびっしりと紅葉した真っ赤な蔦の葉でおおわれていました。その蔓はその壁にくいいるように這いい夕べのかすかなざしに浮き上がっていました。そこにはよく見ると人影が見えました。影は二人のようでした。そしてなにやらささやく声が聞こえました。
「私たちはいつもいっしょ、いつまでもここにいますね」
「そうですとも、私たちはいつも一緒、ここで暮らした日々があり
 私たちはここを離れることはしありません」
「ええ 私たちはこの庭を愛してきたし愛しあった二人ですもね」
「ああ 夕日の光も消えてまた消えますよ」
この影は夕日の光の中と月影に現れて消える幽霊の影のようでした。幽霊はこの館にしろ庭にしろ思い出が深く離れがたくあったのです。
旅人はまた石の門のロ−マ兵の立っている所に来ていました。
「おい、ヤ−パン、まだいたのか」
「ああ ロ−マの大将さん」
「どうだワインでも飲まんかね」
「ワインですか」
「ワインを飲みながら語り合おうじゃないか、ここではなんだからそちらのモザイクの広場で座りながら語り合おう」
その門の道につづくようにモザイクの広場がありそこにはイルカに少年がのりイルカが盛んにとびはねているギリシャ風のモザイク画が描かれていました。そこに机と椅子が後ろの方から黒人がうやうやしく来てしつらえロ−マの大将の前に立っていました。
「ワインを、この方にも」
「ご主人様、わかりました、チャオ」
「あれ、チャオってイタリア人のあいさつだけどな」
チャオとはごづいのままにとか奴隷が主人に従う奴隷の言葉から出てきたものでした。スレ−ブとは奴隷のことですが例えばスラブ人は奴隷のことで一民族が戦争の結果奴隷にされたためそう呼ばれるようになった。ゲルマン人は強く奴隷にはならず後にゲルマン人はロ−マにも侵入し移動しロ−マを滅ぼした民族であった。奴隷の歴史はヨ−ロッパでも古いものでした。その黒人奴隷はギリシャの壷からワインを注ぐのでした。その杯は素朴なロ−マ風の鉄の杯でした。これは頑丈で持ち運ぶのにはいいものでした。すでにロ−マではガラスのグラスも作られていましたが持ち運びには割れやすいので向かなかった。
「この奴隷はアフリカから連れてきたのだよ、良く仕えてくれる、今や家族の一員ようになっている」
「奴隷が家族の一員に」
「そうでございます、とてもここのご主人様は親切にしてくれます」
「そうですか、奴隷というとあまりいい感じはしませんが・・・」
その頃奴隷にもいろいろあり家族に仕えた奴隷は家族の一員のようにもなり家族の一員として墓にも葬られた。それはカタコンベなどに残っている。検闘士にされたものや後の時代の大農場で働かせられた奴隷などはひどい仕打ちを受けたがこの頃の家族奴隷は知識階級や技術者など待遇が良かったのである。確かに奴隷の数は膨大なものでスバルタクスの反乱のように遂にはロ−マの驚異となりやっとのことでその反乱を鎮めたのだ。
「わしはアフリカでライオン狩りもした、象狩りもした。これも仕事だった。エジプトのナイル川を下って行ったこともある。ワニに襲われた時はびっくりした。エジフトにもそのナイルの上流までロ−マの威光は及んでいるのじゃ、地中海も船で渡ったこともあるし、灼熱の砂漠を越えて遠征したことも度々ある、アルプス越えて今ゲルマニアの地にいる、まことに歴戦のつわものよな、・・・・」
「まことにご主人様、ロ−マは偉大でございます、お世辞ではなく」
「そうだ、ロ−マ強いだけで偉大なのではない、公正な法の支配や建築技術、ラテン語や文字の普及、文化の面でも偉大なのだ。」
「そうでございます、ご主人様、強いだけではこれだけの国を治めることはできませんから」
「太陽がかたよりなくすべての国をてらすごとくフエアな法が必要なのだ、太陽はそれ故すべての国の上に輝きをまして君臨するのだ」
「さようでございます、強いだけではこれだけの大国を治めることはできません」

シ−ザ−のルビコン川を渡りしより
ガリア、ゲルマン、エジプト、アフリカ・・・
ロ−マの栄光の一翼を我はにないぬ
ロ−マは法により支配される
オリエントの王は過酷なる支配者としての王
その硬直した石の巨像は万民を奴隷として従える
ロ−マは市民権を得しものは法の下に平等
同等の権利は奴隷にも与えられる
ロ−マよ、永遠のロ−マよ、ロ−マの栄光は尽きぬ



「そうじゃな、ロ−マは偉大だ、すべての道はロ−マに通うずだ、さてヤ−パン、お前は一体何ができる?」
「私ですか、俳句など書いていますが、ヤ−パンの詩の一種です」
「お前は詩人か、ではヤ−パンの詩を披露してみたまい」
「理解されるかどうかわかりませんがでは

 落葉踏みロ−マの門やゲルマニア

「ずいぶん短い詩だな、俳句は短い中に森羅万象を言い表すヤ−パン独特のものです」
「そうか、ヤ−パンも面白いな」
「どうじゃな、わしの奴隷にならんか」
「奴隷はいやです」
「奴隷といってもな、わしに仕えるということで自由が全くないわけではないぞ、それとも剣闘士にしてやるか」
「剣闘士、あのコロッセウムで戦う・・」
「剣闘士はお前には無理だ、ひよわそうだからな、ロ−マにはいろいろなものが集まってくる、その国も多様でお前も刺激を受ける、ロ−マは今唯一の世界都市なのじゃ、大きな図書館もあり知的刺激に満ちているのじゃ、ギリシャ人を先頭に、シリア人、エジプト人、ユダヤ人、アフリカのヌビア人やらアラブ人も来てきる、実に多彩ではないか」」
「たしかに魅力的ではあるようです、ヤ−パンだけでは小さい国ですから大きな詩や大きな芸術は創造できません」
「あっ、ご主人様危ない・・」
そんな話をしていると突然森がざわざわとしてビュ−ンと森の中から矢が飛んできてロ−マ大将の鎧に当たりましたが折れました。
「うう、これしき、またゲルマニアのやつらめ、しょうこりもなく抵抗してくる、手ごわいやつらよ」
こうして一時話は中断しましたが賊はすぐ森の中に消えて行ったようでした。
「こういうことはしょっちゅうあることだ、気にするな」
「ここはやはり戦場でしたね」
旅人もちょっとびくつきましたが賊も逃げたようなのでまた話しを続けました。
「それにしてもな、ヤ−パンという国については皆目見当もつかん、もしかしてセレスの国のものか、御婦人方が召される羅の肌ざわりのいい透けたような布はセレスとか言っていた、そのセレ−ヌという国はとんでもない遠い国で砂漠の商人がラクダで運んでくるとか、そのセレ−ヌの国のものでは・・」
「セレスとは確かにシルク、絹のことです、その国の近くなことは確かですが・・・・・説明するのがむずかしい・・・」
「何独り言を言っているのじゃ」
セレスヌとは中国のことであり日本は(JAPAN)漆器の意味だった。漆器で世界に知られたのがその名だった。その国は最初その国と貿易するものがその国の特産物をさす場合がままある。漆は縄文時代から日本にあり津軽地方のものが一番古いといわれるから歴史的にも日本の名が漆器から名づけられたのはうなづける。例えば他にルゼンチンは銀の国という意味であり銀を産出する故名づけられた。実際はスペイン人がラプラタ川で銀と交換した交易がありそう名づけられたが銀の産出はなかった。でも銀というのが世界貿易に大きな役割を一時は果たしたのだ。黄金より銀が重宝された時代があった。その後エルドラ−ド(黄金郷)が大陸発見の冒険の目的となった。
 確かにシルクロ−ドを通じて中国の絹はロ−マにも達していたのだ。それは大変高価なものでロ−マの貴婦人のみが身につけられるものだったのだ。
「さあ、もっとワインを」
「私は酔ってきました」
「これくらいで酔うのか、わしも詩は知っている、松の木によりてバラの花を輝く髪に飾りシリアの甘松香を・・・・」
松はロ−マで好まれたものでバラはヨ−ロッパは象徴する花でシリアは異国の香りの漂うエキゾシズムがあった、つまり詩も自ずと国際的になるのがロ−マだった。あるロ−マの貴族は何カ国もしゃべってもてなし話題になったという。今でもそういう人はもてはやされる。マルチリンガルの時代なのだ。旅人はだいぶ酔ってうとうととしてしまった。
「飲みなれていないもので・・・」
「お前の国にも酒はるか」
「米から作る酒があります」
「米とは、麦からはビ−ルを作るが、米は知らんな」
「米は知らない、ロ−マの時代は米は知らなかったか?」
「ロ−マに行こう、ロ−マは偉大だ、ロ−マに富のすべてと世界の知識がある、ロ−マでお前の才能も十分に開花するのだ・・この門から石畳のロ−マの道は世界の都ロ−マに通じているのだ・・・そしてここにもマイルスト−ン立っている、ロ−マの道はブリタニアの果てまでもつづく・・」
「ええ、そうかもしれませんんん、ううう、ロ−マに行こう、ヤ−パンは小さい、小さい・・・・世界が今や舞台なんだ・・・・」
「おい、ヤ−パン、お前にこのコインをやろう、ロ−マの皇帝のコインだ」
「ええ、このコインを・・」
「我が皇帝アウグストスの顔の彫られたコインだ」
「これは立派なものです」
旅人はワインに酔いロ−マに心は向かっていました。そしてそこに酔い眠り込んでしまったのです。それからぐ−ぐ−疲れて旅人はどのくらい寝こんでいたでしょうか、時々うなされて声を出していました。
「奴隷はいやだ、剣闘士はいやだ、・・・・」
こうしてはっと目覚めた時、そこには同じようにロ−マの黄金の兜の大将の像が立ってをりイルカのモザイクの広場の上に寝ていたのです。そこからは石畳の道が森の中を真っ直ぐにつづきマイルスト−ンが古びて立っていました。マイルスト−ンはロ−マの道に建てられた一里塚のようなものでした。
「あれ、このロ−マの大将とずいぶん話したようだけど今は全くこの像の大将は口を開かない、夢でも見たのか、それにしても夢とは思えない生々しいものだった。落葉に埋もれてとぎれとぎれになっていましたがその門から石畳の道はつづいていました、そこで急いで街の方に旅人は歩きはじめました。

  森の一軒屋


その黒い森の道の途中に枝をポキッと折った木があった。その枝の折った木は歩いてみると森に誘われるようにその枝を折った所を目印しに行くようになってしまった。その森からは鹿がピョンとはねてでてきたりした。また不思議なことに一本の杉の木のようなものにびっしりと赤い木の実がたわわになってをりそれを食べると甘くそれを何度もとってはたべながら歩いた行った。いくつもの枝の折れた木をたどってゆくと一軒の小屋があった。
「こんなところに誰が棲んでいるのか、人の気配はある・・確かに人がいる」その家の庭らしき所にいたのはこれまた白髪の老人だった。
「グ−テンタ−グ・・・・・・」
「あなたはだれ、ドイツ人じゃないね、イタリア人か」
「ヤ−パンです、・・・」
「ヤ−バンだと、そんな国知らんな」
「ここで暮らしているのですか」
「そうじゃ、ここが私の家だよ」
その家は薪を積んであって煙突もあり冬の仕度をしていたようである。鹿の皮がいくつか干してあったり鹿の角を飾ってあったりして畑もありここで鹿などをとって暮らしているみたいだった。
「私は森の中に迷い込んでしまったんです、そしてなんとか街の方に出ようとしています」
「街か、長い間行ってないな、そんなには遠くないんだが迷うとこの森はぬけだすのがむずかしいんじゃよ、まあここでちょっと休んでゆきなされ」
「ダンケ、どうもありがとうございます・・・・」
「なにか食べるものを用意しましょう、これは山の木の実の酒ですわい、飲んでみなされ パンにはこの木の実のジャムをつけなされ」」
「ああ、これは途中で食べた木の実かもしれませんね」
「そうです、これは森のコケモモですよ」
「そういえばそんな味が、ヤ−パンのとは違いますが」
こうして旅人はこの森の一軒屋でコケモモの酒とパンなどをごちそうになって疲れをいやした。ただこの黒い森の中でちょっと不気味ではあった。余り時間もなかったので急ぐことにした。
「そろそろ街の方に行きたいと思いますが・・・」
「そうかい、同じように枝の折れた木をたどってこっちの方を行きなされ、街の方への一本道に出るはずだ、このコケモモの酒を持ってゆきなされ」
「ああ、これはどうも、いい土産になります」
「ああ、それからな大事なことをい言い忘れた、この森には妖精が出るんじゃこの妖精は遊び仲間を探している、しつこく誘うじゃがあんまりかまわない方がいい、この森から出れなくなる、というのはこの妖精たちと遊んでいると時間がたつのが普通より早く気づいてみると白髪の老人になってしまうじゃ、人間というものどんなつまらぬことをしていても時間はあっという間に過ぎてしまうもんじゃよ、」
「そんな妖精が本では読みましたが・・・・・」
「ああ それからもう一つ魔女の塔には近づくな、どんな言い訳しても無駄だ、魔女にされてしまう、女だけじゃない、男も悪魔の手先として火あぶりにされてしまうぞ」
「火あぶりだって、それはひどいや」
旅人はその妖精のことや魔女の塔のことなど考えながらその森の一軒屋を去ってゆきました。
「はたしてそんな妖精がいるのか、そんな妖精が出てきてもをかしくない森だ、もしかしたらあの老人は妖精と遊んでいるうちあっと言う間に老人になってしまったのかもしれない・・・」
こうして枝の折れた所をまたたどってゆくと甲高い笑い声が聞こえてきました。
「ハッハッハッ、あそぼう、ねぇ、あそぼう、早くこっちへこいよ
ハッハッハッ、あそぼう、あそぼう、あそんでいかないとここを通さないよ・・・・・・・・・・・」
「だれだそこにいるのは」
その森の中から出てきたのは小さな妖精でした。何人かいたようです。
こうして妖精はいっしょになって道をふさいでしまいいました。
「急いでいるんだよ、私は、ちょっとだけならいいけど・・・」
「ちょっとだけでいいんだ、」
「よし、ちょっとだけだよ」
「じゃかくれんぼしよう 僕たち隠れるから探してよ」
「よし、わかった」
妖精たちはいっせいに森に散り隠れてしまいました。妖精たちすばしこく木のかげやら木のてっぺんにいたり穴の中にくぐったり見つけるのが大変でした。「こっちだよ、こっちだよ、ハッハッハッ」
「また消えたか、リスのようにすばしこくてつかまらんな」
「こっちだよ、ほら、ここだよ、ハッハッハッ」
「まてまて、ああ また逃げられた、早くてつかまらんよ」
妖精はまるでリスがかけるように木をするする登ったりあっというまに飛んで消えたり変幻自在でとてもつかまりませんでした。
「じゃ次はカケッコだ」
「今度は負けんぞ」
「よし 一列並んだ並んだ」
「ピィ− ヨ−イドン」
「う−ん、まけるもんかまけるもんか」
「あいよ、一番はぼくだ、」
「二番はぼくだ」
「三番はぼくだ」
「・・・・・」
「ああ、くやしい俺はピリだ」
「ハッハッハッハッ、ビリだビリだ」
旅人はくやしかったのでもう一回やろうといいました。
「今度はまけんぞ、まけんぞ」
「ヨ−イドン」
「ハッハッハッ、やっぱりおそいぞおそいぞ」
「ハッハッハッやっぱりピリだビリだハッハッハッ」
妖精たちはかけっこはあきたので森の家でチェスをやろうといいました。旅人はチェスはできましたがあまり上手ではありませんでした。
「チェスをやろうよ、チェスをやろうよ」
「ニ三回だけだよ、私は強くないんだ」
「かまわないよ、」
こうして森の妖精の家でチェスをやることになりました。」
「これはこうだな」
「う、それならこうだ」
「またこれも簡単に負けたな」
「もう一回だけやろうよ」
「まあ いいだろう」
「こうだ、」
「それなら、ええとキングはこうだ、ビショプはこうだな」
「よし、クエ−ンはこうだ」
「ああ、またまけた、もうチェスは終わりだ」
「もう一番だ、もう一番だ」
「うっ、もう一番だけだぞ」
「う、もう一番でいいよ」
「また負けか、今度は勝つぞ、なかなか面白いな」
「じゃ、もう一番だ」
今度は勝つぞ、今度は勝つぞ」
旅人はチェスが少しづつわかってきて面白くなってしまい、負けたくなくなりました。なんとか勝ちたくなったのです。でもそろそろ日が暮れそうになっていました。旅人はもう早く帰らないと街の方に行かないとまずいと思っていました。明るいうちに街の方に行かないとホテルに泊まれなくなると思い早く帰ろうとしていました。
「ここに泊まってあそんでゆきなよ、あそぶことは一杯あるよ」
「でも、早く街に行かないと・・・」
旅人は老人の言ったことを思い出していました。これ以上長いすると大変なことになる。森からもぬけだせずあっという間に老人となりここで木の実でも食って暮すになってしまうかもしれないとあせりました。
「もうだめだ、時間がないんだよ」
「もっとあそぼうよ、あそぼうよ」
妖精たちは旅人の手をとり足にからまりせがみ離れようとしませんでした。旅人はこれは危険だと思い妖精たちの手を振り切って逃げました。そしたら妖精たちは追っかけてきたのです。
「もっとあそぼうよ、あそぼうよ・・・ハッハッハッ」
その笑い声は森一杯に木霊してその笑い声がその逃げる旅人を追っかけとくるようでした。するとまもなく森の中になんとも陰気な塔が一つ見えました。
「あの塔は魔女の塔だ、間違いない、これはまずい、早く逃げよう」
するとまちかまえていたかのように魔女が道をふさぎました。
「逃げようとして無駄だ、魔女には神通力がある、逃げられないよ、おまえはどこからきたのかね、お前はドイツ人ではないね、ユダヤ人か、いや違うな、どこからきたんだい」
「私はヤ−パンです」
「ヤ−ハンなんてしらないよ、やっぱりこれは悪魔の手先だ、間違いない、逃がしやしないよ、魔女の塔まできてもらおう、そこでじっくり悪魔の手先かどうか調べるんだ、・・・」
「私は悪魔の手先でなんかありません、これは私のパスポ−トです」
「パスポ−ト、これはヤ−パンの証明書です」
「この証明書は本物か、にせものかもしれん」
「ともかく良くみんなで調べるから魔女の塔にきてもらおう」
「ええ、私はもう時間がないんです」
「時間はありあまるほどあるさ、なんでそんなに急ぐんだ」
「私は早く街に行かないと・・・」
その時旅人は決心しました。逃げることを決心したのです。一目散に走り出しました。無我夢中で走り出したのです。
「お−い、逃げるのか、逃げたって無駄だぞ、こっちは飛ぶこともできるんだぞ」
確かに魔女は飛んで追っかけてきたのです。旅人は必死で逃げました。黒い森の中から幸い遠くに明るい開けた所が見えはじめていたのです。その明るい所に出たら魔女は消え追いかけてきませんでしたがびっしょり汗をかいていました。その黒い森を出た所で牛の鳴き声が聞こえました。薪を積んだ農家がありその家の人に街の方に行く道をたずねました。
「街の方はどっちで」
「あっちだよ」
「ダンケ」
こうしてやっと黒い森をぬけ街の方を目指して早足で歩いて行くのでした。


   アウグスブルグにて

さて旅人が着いたのはアウグスブルグの街でした。そこのホテルのドリトリ−に宿をとりました。そこには日本人もいたし外国人もいました。こういうところには今のような時代変わった人が必ずいます。
「バイクをロッテルダムにおいてきている、これから二年間バイクで世界一周だよ」
「ええ、バイクですか、それは大変だ」
その人はすでに50を越えていた人だった。そうした変わりだねはこの海外旅行ブ−ムの中で出てきているのだ。
「あなたはスペインから・・・」
「タバックはすおう」
「タバック」
「ああ、タバコね」
タバコはスペイン人が南米から持ってきたもので世界中に広がった。発音は世界中でタバコににてをり日本から韓国にもこの言葉は輸出された。日本経由で韓国、中国に輸出されたものもあるのだ。
「スペインのあいさつは」
「ボンゾウ−ル」
「ああ、フランスがボンジュ−ル、イタリアがボンジョル−ノ・・・・やはりにていますね ボンという都市の名もそこからきた・・」
「グランディ」
「ああ、グランディはすごい、立派だ、英語だとグレ−ト、これもにてますね」
そこにイタリア人が会話に入ってきました。
「私はどうもフランス語とスペイン語はわかりやすいのだがドイツ語は苦手だ・・・」
「ドイツ語はやはりラテン語系統とは違ったものなのでしょう、発音からもわかりますから、英語はもともとドイツ語をもとにしていますから親と子のような関係です、英語は他にハイキングの侵入で征服されたりフランスに征服されたりでいろんな言葉が交じり合った言葉ですね」
「そういうことかも、そこに一つの壁ができている・・・・」
その近くに英語をしゃべる人がいたのだがその英語がまたイエスをノイと聞こえたり普通の英語の発音と違っていた。どこの人かわからないが英語でもいろいろあり発音が変わってくるのだ。ヨ−ロッパの言語地図は複雑である。
旅人は街の方を散策することにした。街の市庁舎のある前にはロ−マの皇帝、アウグストスの騎馬像があった。アウグスブルグはこのアウグストスに由来している。街を見てまわるうちに博物館に入った。そこにはロ−マ時代のものが飾ってあった。その一つに黄金の兜があった。ロ−マの兵が身につけていたものだった。
「ああ、これは森の館の石の門に立っていたロ−マの百人隊長がかぶっていたものだ、するとあの兵は・・・・」
こうして一通りロ−マの発掘物を見て街の中を歩いた。ショ−ウインドウに古いバイオリンが飾ってあった。ここではバイオリンも作っているらしい。バイオリン作りもここでは古く伝統の仕事であった。それから店で絵ハガキを買おうと思いポケットから小銭を出した。
「これください」
「これは、なんですか」
「ああ、これは今の金じゃない、別な方だ」
旅人がポケットから出したのは見たことのない古い金でした。
「この金は一体どうしてここに・・・」
その金にはロ−マの皇帝の顔と馬に乗ったロ−マ兵が彫られていました。
「これは確かにロ−マ時代のコインだ、おそらくこの皇帝はアウグストス・・とするとあの森の中のロ−マの大将がくれたものだ・・ということは夢の話ではなかったのか????」
それで旅人は確認するために調べてもらため街の骨董屋に行ってみた。
「これはロ−マ時代のコインでしょうか」
「うう、これは・・・」
「どうでしょうか」
「ううう、これは確かにロ−マ時代のものだ、うう、これはレプリカではない、これをどこで・・」
「レプリカというと・・」
「この世界はにせものが多い、そっくりに同じものを作り売りつける」
「拾ったんです」
「これは値打ちものだよ、博物館にしか飾れないものだ、売ってくれないか」
「いくらで」
「1000マルクでどうだ」
「1000マルク・・・そんな値段が・・」
旅人は驚きました。本物であることがわかったからです。旅人はおみやげに日本に持ってかえることにしました。この街にはまた有名な豪商がいて財を築き大きな館を持ちそこではダンスパ−ティが日夜開かれたそうです。ロ−マから免罪符を運んだりしてもうけたというから大変な数の免罪符を売られたりしていたのである。それとここがアルプスを越えてゲマルニアと結ぶ通商路になっていて栄えたことがわかる。あれこれ考えてみると森の中のことはまるっきり夢ではない現実のことと思うようになりました。そしてまたぶらぶら歩いていると公園にロ−マ時代の遺跡から発掘されたものが並べてありました。その石のレリ−フに松の実がありました。ロ−マの兵を浮き彫りもありました。このアウグスブルグの街の紋章は松の実でした。松は南国のものでロ−マ人が好んだものでした。こうしてみると森の中の夢を証明するかのようにロ−マ時代のものが陳列されているのでした。旅人は落葉を踏みまたホテルに帰って行きました。まだ旅はアルプスのスイスとつづくのでした。