幽霊列車にのって帰って来た男


その汽車ははなぜかこんでいた。煙草を吸う人も多く煙でむせかえる。そこにはいろいろな人がいた。みんな座席に座り一杯だった。立っている人もいた。みんなわやわや話していた。工員風の人とか筋肉労働者風の人とか一番多かったのは背広を来たサラ-リマンの人だった。
「おい、やっと故郷に帰れるな、もうすぐだよ」
「ああ、早くつかないかな、おふくろの顔をしばらくぶりで見れるよ」
「オレも都会暮らしが長かったから田舎の良さがわかるよ、それにしても15歳で集団就職で出ていたっのは遠い昔になったな、工場で油まみれで良く働いたよ」
「ああ、僕のクラスからも集団就職で田舎から出て行ったよ」
「あんたも都会に出て行ったのかね」
「まあね、大学だけど」
「そりゃ、めぐまれていましたね」
「田舎じゃ、まだ大学に行く人はクラスで何人くらいしかいなかったよ」
「ああ、みんないつのまにか年とってしまったな、汽車も早くなったよ、前からすれば半分の時間だ、ともかく東京まで八時間という長さだったからな」
そのときとなりにのったていた若い者が言った。
「あの、汽車はなく、電車でしょう」
「汽車だよ、汽車でいいんだよ」
「今は汽車とはいいません、電車ですよ」
「そんなことどうでもいいよ」
「まあ、・・・・・・」
ガ-ガ-ガ-と汽車は走りつづけそれからまた話がつづいた。
「今どこに来たのか、もう故郷も近いはずだが・・・・・、ええと・・・・の駅は過ぎたから次の次辺りだよ」
その工員風の男はそこでとりてゆきました。それからまた電車はガ-ガ-ガ--走りつづけました。男は座席にもたれ一人回想していました。
「長い旅だった、なんだかいつも汽車にのっていたような気がするな、汽車にのっていたうちにいつのまに時間過ぎてしまった感じだった・・・・いろんな所に行ったよ、外国まで汽車にのっていたからな・・・・・インドの汽車にも中国の汽車にものったな・・・」こんなふうにこの男は一人昔を回想ししていました。
「そろそろオレの故郷にまたつくか」
しかしそのときでした。その男は何かあわてていました。
「おかしいな、・・・の駅の次は何の駅で・・その次は・・・そして駅でおりる・・・それがどうも変なんだよ・・・」
「次は・・・駅ですとアナウンスで・・・・いいませんでしたか」
「うう、注意していなかったけど・・・そういえばいつもの駅の名前のアナウンスがなかったな」
「じゃ・・・・どうしたんだよ、もしかして通りすぎたのか、これはどうしたことだ・・・・」
一瞬男はあわてました。
「そんなはずがないんだがな、通りすぎるなんって、名前が変わってわからずに通りすぎるなんて・・・」
そのときでした。不思議なことに電車の中には誰もいなくなっていたのです。あんなに人でごったがえしていたのに誰もいなくなっていたのです。嘘のようにいなくなっていたのです。がらんとしてその男だけが一人になっていたのです。男は不安になりました。
「一体これはどうしたんだ、誰もいなくなるとは・・・・」
そのとき真面目な顔して車掌がやってきました。
「車掌さんよ、・・・の駅すぎちゃったのかい」
「ええ・・・・そんな駅ありませんが・・・」
「なに-、この駅がない、そんなはずはない・・」
「そういわれましてもないものはないんですが・・・・」
「みんないっせいに消えたけどどうしたんだい」
「この電車はいつもがらあきですよ、こんでいることはありませんが・・・」
「おまえ、なにをとぼけているんだよ」
車掌はやはり真面目な顔して言うだけでした。
「ともかく次の駅でおりるよ」
「そうしてください」
そしてアナウンスがありました。
「つぎは・・・です・・・です」
その男は淋しい駅におりました。そこは枯野の中の無人駅でした。枯木が一本立っていました。辺りには人影も見えません。北風が枯木に鳴っていました。男はしかたなく淋しい道をあてどなく歩いて行きました。
「一体ここはどこなんだ、なんと淋しい場所なんだ・・・ここからどこに行けばオレの家に行けるんだ・・・変だ、変だ・・・」
そして男はあるいくつかの墓が並んでいる墓地に行き当たりました。そして愕然としたのです。その墓の一つを見て愕然としたのです。
「この墓はなんだ、ええ、これにオレの苗字と名前がしるされてあるぞ、ええ、これはどうしたんだ、同性同名のやつか、それにしても変だぞ・・・・これは確かにオレの家族の墓だ、するとここは故郷か、それにしてもここがそうだったのか・・・」
男は一時茫然として立っていました。
「一体これもどうしたんだ、なぜここにオレの名前の墓があるんだ」
そのときむこうから一人の影のような人がのっそりやってきました。
「どうしましたか・・・」
「ここにある墓なんだけどオレの名前が書いてあるんだけど・・・・どういうわけかな」
「どういうわけかって・・・それはあなたの墓じゃないですか・・なんでも交通事故で死んだんじゃないですか・・・」
「オレはまだ死んでいない、生きているんだよ」
「ええ・・・・・・あなたは死んでいますよ・・・」
「なに-オレが死んでいる・・・・嘘だよ、ほらオレは生きているよ、こうして話しているんじゃないか」
「ああ・・・・ああ・・・・・あなたは死んでいます・・・ああ・・・ああ・・」
その影のような人が去ってゆくと突然その男はその墓地の前から消えてしまいました。そしてやはり死んだその男の姓と名前がそこにあるだけでした。この男は故郷に帰ってきたのですが墓となっていたのです。そしてとぎとぎこの墓地の前を幽霊列車は走りすぎてゆくのです。駅の名前がその墓に向かってアナウンスされるのです。そのアナウンスを墓はじっと聞いているようでした。その電車はいつもがらあきで夜は人影一つ二つくらいみえるだけでした。電車はその墓の前をゴ-ゴ-ゴゴ-と過ぎ去ってゆくのです。死んでもこの人は汽車にのっていたのです。それほどこの人と汽車はきりはなせなかったのかしれません、だからいつもこの人の墓の前を汽車が通っているのです。