曲田(まがた)について

「地方」の意味の変化「地方」の意味の変化「じかた」としての地方・中央に対する「地方」・「地方(じがた)」:土地の形状から始まって、各地域固有の農業や生活のあり方を示す言葉

日本舞踊用語。舞踊において地の音楽を受け持つ人々の総称で、踊手の立方(たちかた)に対する。地は土台、下地の意。囃子方を除いて、三味線音楽のほとんどが含まれる。

地方の本来のもっている意味はここからきていたのだ。地は地形の地であり方は形とか型の意味である。これが曲田となんの関係あるのかというとこれがわからなかったのだがインターネットで調べて偶然でてきたホームページでわかった。

馬耕で最も難しいのは、自在に操る技術。どんなに熟練しても、曲がった田んぼを隅々まで耕起するのは無理。田んぼの大きさも小さければ、作業効率は極端にダウンする。

http://www.pref.akita.jp/fpd/meigi/meigi-01.htm

なぜ耕地整理が必要だったかここに詳しく書いてある。曲田という地名が日本全国いたるところにある理由はこれだったのだ。もともと曲がった田が多かったのである。今のように真っ直ぐな田は少なかった。曲がった田が普通であった。なぜそうなるかというとまっすぐにするにはそれなりの土木事業が必要であり大変な労力がかかったから地形にそって曲がったものとなった。自然は真っ直ぐなものはない曲がっているのだ。真っ直ぐな道路でも都が碁盤の目のように作ったのもまさにこれは文明の力だった。

地方(ちほう)というより地方(じかた)というのが本来の言葉であり地方は芸能でも立方という華やかなものに対してその囃子をする土台となるものが地方だった。この二つがかみ合って調和するのだ。地方(じかた)と立方の役割の違いがある。

白石紙布(しろいししふ)
和紙を原料とした世界でも珍しい織物。富城県白石市で織られている
白石紙布は、江戸初期からはじまり、武士の祥などに使われてきた。

川俣紫根染(かわまたしこんぞめ)
紫草の根で染めるやさしい紫色。万葉の時代から行なわれていた紫根
染だが、きれいな紫を発色させるのはむずかしいし、手間もかかる。
会津木綿
縞柄の木綿織物で、福島県会津地方で織られている。この地域は、古く
から藍と木綿の栽培が盛んなところで、会津木綿は寛水年間(1624-44)ごろ、
武士の妻たちの内職としてはじまった。紺地に白などすっきりした縞柄が多いのも、それゆえのことかもしれない。


地方というと昔は地場産業というのがあった。その土地から産み出さなければ富は生まれなかったからその土地土地の産物が生まれたのだ。こんな狭い地域でもこれだけの染め物などがあるとすると全国にしたら地域地域で違った織物があったのだ。これは今でも絨毯なんかではそうである。南米辺りでも織物は小さな地域地域で違ったものになっていて調べている人もいる。現在の地方の貧しさはこうした地場産業がないことである。工業は南部鉄瓶とかなると地場産業になるが電子の工場では地場産業になりにくい。だからお土産でも今ではその土地のもので作っているわけでないからおいしいものではない、本当のお土産はなくなっているのだ。いづれにしろこの曲田というのは日本にとって象徴的な地名でありだから全国的に多いのだ。

今回インターネットからの引用が多くなったがインターネットは編集が必要であり編集してそれなりの一つのまとまりあるものを構成したものは功績があるのだ。みんなばらばらになっているからそれをリンクして一つの別なまとまりあるものを作り出したものはまた新たな発見をしたのでありこれをあまり著作権あるから出すなとか言うべきではない、そしたらインターネットは宝の持ち腐れになる。知識は共有すべきであり個々の体験もそれぞれ参考にするのがインターネットの世界なのだ。今回引用が多いにしてもこれは私の発見であり私の功績があったとも言えるのだ。インターネットは調べること自体が大変な作業になってをりこれを案内したり編集したりする人は貴重な仕事をしているのである。これがまだインターネットでは理解されていないのだ。知識を新しく構成して新たなものを創造しているということが理解されていないのだ。












                           原町市の曲田